近年、大規模言語モデル(LLM)のソフトウェア工学への応用が進み、自然言語からコードを生成する新たなプログラミングパラダイムが登場しています。開発者は従来のようにコードを一行ずつ書くのではなく、目標機能やシステム動作、設計意図を記述し、AIシステムが実行可能なコードを自動生成します。このように、迅速なフィードバックと反復的な洗練を重視し、「感覚的に正しい」とされる原則に基づくプログラミング手法は、業界でVibe Codingとして総称されるようになっています。
従来のソフトウェア工学と比べて、Vibe Codingはプログラミングの参入障壁を大きく下げ、プロトタイピングや機能実装のスピードを高め、スタートアップや個人開発者、迅速な実験シーンで広く活用されています。一方で、開発者の実装詳細や境界条件、例外パスに対する理解が弱まり、コード品質やセキュリティ、責任の所在を巡る議論が続いています。
とりわけブロックチェーンシステム、特にスマートコントラクトを基盤とする分散型アプリケーション(DApp)では、Vibe Codingの適用に独特の緊張関係が生じます。一方で、ブロックチェーン開発は高い技術的障壁や長い開発サイクル、高額な監査コストといった課題があり、理論的にはVibe Codingが開発効率を大きく高め、イノベーションを加速できる可能性があります。反面、一度デプロイされたブロックチェーンコードは修正が困難で、高価値のデジタル資産を直接制御することも多く、セキュリティ脆弱性が不可逆的な経済損失につながるリスクがあります。このような状況下で、開発者の「コード理解の深さ」を低減する技術パラダイムは、システムリスクを増幅させる可能性があります。
したがって、Vibe Codingはブロックチェーン領域において、開発効率のボトルネックを解消する「特効薬」となりうる一方、システムセキュリティを脅かす「毒」となる可能性も持っています。
AI支援型プログラミングの研究は急速に進んでいますが、既存文献は主に生産性向上や開発者体験、一般的なソフトウェア工学シナリオに焦点を当てており、リスクの高い不可逆的なシステムへの影響には十分な検討がなされていません。特に「Code is Law」とされるブロックチェーン環境では、Vibe Codingがリスク構造や分布を変化させたかについては依然として不明で、体系的な実証データも不足しています。
本稿では、以下の主要な研究課題に焦点を当てます:
上記課題に対応するため、本稿は記述統計・比較分析・相関分析を組み合わせたデータ駆動型の実証的アプローチにより、Vibe Codingがブロックチェーン領域に与える影響を体系的に検証します。
具体的には、以下のデータソースを統合しています:
現時点では、開発者がAIプログラミングツールを利用しているか直接観測することは困難なため、本稿ではコード類似度、コミット行動、開発リズムなどの間接指標を用いて、Vibe Coding関連の実践の普及度を近似しています。本研究は個別プロジェクトや開発者行動の因果判断ではなく、統計的相関関係や構造的傾向の把握に主眼を置いています。
大規模言語モデルのソフトウェア工学への普及により、自然言語によるコード生成を駆動力とする新たな開発実践が形成されています。「Vibe Coding」は厳密な学術用語ではありませんが、実際のエンジニアリング現場で示す特徴は、すでに代表的なパラダイムシフトとなっています。
本稿ではVibe Codingを次のように定義します:
自然言語での意図を主要な入力とし、AIが自動でシステムレベルのコード構造を生成、迅速な試行錯誤と機能的な使いやすさを主な検証基準とするプログラミング手法。
このパラダイムの下では、開発者は段階的な構築や形式的な推論、コードロジックの完全な理解を必須条件とはみなしません。その代わり、「生成—実行—修正」のサイクルを通じて目標機能に近づきます。コードの正当性は、実装詳細や境界条件、例外処理の体系的な検証よりも、実行時の挙動が期待通りかどうかで判断されます。
概念の混同を避けるため、Vibe Codingと既存のソフトウェア開発パラダイムとの違いを明確にする必要があります。

AI支援型プログラミングに関する既存研究では、開発者がコードロジックの主要な理解者・管理者であり、AIは主にコード補完やエラー検出、局所的な実装最適化など補助的な役割を担うと想定されています。このパラダイムでは、システム全体のアーキテクチャやコアロジックの設計・統制は人間の開発者が担います。
一方、Vibe CodingではAIがシステムレベルのコード構造生成に直接関与し、開発者は検証者や修正者の役割を強めます。この違いにより、リスク分布も本質的に異なります。AI支援型プログラミングのエラーは通常ローカルですが、Vibe Codingのエラーはシステミックかつ連鎖的になりやすいのが特徴です。
ローコードやノーコードプラットフォームは、グラフィカルなコンポーネントや事前定義テンプレート、高度に制約された開発環境によってプログラミングの障壁を下げています。セキュリティやコンプライアンスも、ある程度プラットフォーム内蔵の仕組みにより担保されますが、その分柔軟性や拡張性が犠牲となります。
Vibe Codingは固定テンプレートやクローズドなプラットフォームに依存せず、大規模言語モデルの汎化能力を活かして高い柔軟性を持つコード構造を生成します。この特徴により、ローコードプラットフォームよりも表現力が大きく向上する一方、同様のセキュリティ制約やエンジニアリング規律は欠如しています。
アジャイル開発は反復・フィードバック・継続的デリバリーを重視しますが、開発チームがシステムアーキテクチャやコアロジックを明確に理解していることを前提としています。Vibe Codingは一歩進み、認知的エンジニアリング負荷の一部を自動コード生成システムへ移転し、反復速度が人間のシステム理解力と必ずしも線形には連動しなくなります。
したがって、Vibe Codingはアジャイル手法の単なる拡張ではなく、ソフトウェア工学における認知構造の大きな転換を伴う開発実践です。
ブロックチェーンシステム、特にスマートコントラクトを基盤とする分散型アプリケーションは、従来型ソフトウェアシステムと根本的に異なる工学的特性を持ちます。
まず、スマートコントラクトのコードがブロックチェーンネットワークにデプロイされると、通常は修正やロールバックが困難または不可能です。この不可逆性により、欠陥が長期間残存し、常に敵対的な環境に晒され続けることになります。
次に、ブロックチェーンのコードは実際の経済価値を持つデジタル資産を直接制御する場合が多く、セキュリティ脆弱性は単なる機能的ミスではなく、積極的に悪用されるリスクを伴います。先行研究では、ロジックの欠陥や権限設定ミス、状態管理エラーが主要なセキュリティインシデントの原因であることが示されています。さらに、ブロックチェーンシステムは一般に高度な敵対的環境で稼働しており、攻撃者はオンチェーン状態を常時監視し、攻撃手法を迅速に模倣・自動化できるため、デプロイ直後はリスクが特に集中する期間となります。
これらの特徴が組み合わさることで、コード品質やセキュリティに対して極めてセンシティブな工学的環境が形成され、コード理解や検証の厳密さを低減させる開発パラダイムはシステミックリスクを増幅させます。
既存研究では、AIプログラミングツールがコード生成速度やタスク完了時間、開発者の主観的満足度を大きく向上させることが示されています。これらはVibe Codingの効率面での優位性を理論的に支持するものです。しかし、ほとんどの文献は短期的な開発タスクや管理された実験環境に焦点を当てており、複雑なシステムにおける長期的な保守性やセキュリティへの影響は相対的に軽視されています。
ブロックチェーンセキュリティ研究は、脆弱性分類や攻撃パターン分析、防御メカニズム設計などに主眼が置かれ、スマートコントラクトセキュリティの理論枠組みは成熟していますが、開発パラダイム自体が脆弱性分布やリスク構造に与える影響、特にAI駆動型開発実践の影響に関する体系的な実証研究はほとんどありません。
まとめると、現時点の研究には以下の顕著なギャップがあります:
本稿は、複数データソース分析により、ブロックチェーン開発におけるVibe Codingの効率向上とセキュリティリスクの構造的関係を検証し、関連する工学実践やガバナンス体制への実証的根拠を提供します。
本稿は、Vibe Codingがブロックチェーン開発に与える効率面の影響と潜在的なセキュリティリスクを体系的に分析するため、定量的な実証研究アプローチを採用しています。Vibe Codingは開発実践として直接観測できないため、その特徴を近似する定量的な代理変数を構築し、それらとセキュリティリスク指標との統計的関係を検証します。
全体の研究設計は以下のステップを踏みます:
本稿は、特定ツールやメカニズムの強い因果主張ではなく、統計的相関やシステミックな傾向に注目しています。
セキュリティインシデントデータは、ブロックチェーンシステムの観測可能なセキュリティリスクを測定するために用いられ、スマートコントラクト攻撃の発生時期、攻撃種別、経済損失規模などが主な内容です。
本データセットの主要フィールド:
本研究では、公開コードリポジトリを持つブロックチェーンプロジェクトを選定し、スマートコントラクトのコードやコミット履歴を収集します。これらのデータは、開発リズムやコード構造特性、自動コード生成の痕跡の特徴付けに活用します。
収集対象の指標:
本稿で用いるデータセットは、ブロックチェーンのセキュリティインシデント、オープンソースコードリポジトリ、スマートコントラクト監査レポート、プロジェクトレベルの開発情報など、複数の公開かつ検証可能な情報源を統合したものです。分析単位はコントラクトとし、期間は近年のブロックチェーンアプリケーション急成長期をカバーします。
サンプル構築にあたり、以下の原則を適用しています:
初期サンプルはパブリックブロックチェーンプロジェクトと対応するコードリポジトリから抽出し、分散型金融(DeFi)、NFT、分散型自律組織(DAO)など複数のアプリケーションタイプを網羅します。データセットはプロジェクトレベルの記録とコントラクトレベルのコード・コミット履歴の2部構成です。
下表は、開発サイクルの長さ、コミット頻度、大規模コミット比率など、プロジェクト開発効率に関連する変数の記述統計をまとめたものです。全体として、サンプルプロジェクトの開発ペースには顕著な異質性が見られます。中には、最初のコードコミットからメインネットデプロイまで非常に短期間で進むものもあり、開発プロセスの大幅な圧縮を反映しています。一方で、長期的な開発サイクルや分散したコミットリズムを示すプロジェクトも存在します。

下表は、スマートコントラクトのコード構造指標(コード行数、循環的複雑度、コード類似度、重複コード比率)の統計特性を示しています。プロジェクト間でコードの複雑度や構造類似性に大きな違いがあり、特に複数コントラクトを持つプロジェクトでは、極めて類似したコントラクト構造や高い重複コード比率が顕著に観察されます。

下表は、セキュリティリスクに関連する変数(セキュリティイベント発生率、経済損失規模、初回攻撃までの期間)の記述統計をまとめたものです。
主な記述結果:

まとめると、サンプルデータは開発効率・コード構造・セキュリティリスクの各側面で大きな異質性を示しており、これはVibe Coding関連特性とセキュリティリスクの関係分析に必要な実証的基盤となります。
本章の記述統計からは:
これらの観察に基づき、次章ではVibe Codingによるブロックチェーン開発の効率向上を分析し、第6章では潜在的なセキュリティリスクの検証に焦点を当てます。
第3章で構築した開発ペースやコード生成特性指標に基づき、本節ではブロックチェーンプロジェクトにおける開発効率の実証分析を行います。記述統計の結果、サンプル間で開発サイクルに大きなばらつきが見られます。一部プロジェクトは最初のコードコミットからメインネットデプロイまで、サンプル平均より著しく短期間で進捗しており、自動コード生成と迅速な反復を特徴とする開発実践がブロックチェーン分野で広く採用されていることが示唆されます。
コミット行動の分析では、高効率プロジェクトはコミット密度が高く、1回あたりのコミット規模も大きい傾向が見られます。これは、コード生成プロセスが段階的な積み上げよりも集中出力や全体的な修正に傾斜していることを示します。プロジェクト単位のチーム規模データと合わせると、開発サイクルの大幅短縮は必ずしも人的リソースの増加を伴っておらず、効率向上は主にツール利用や自動化の進展と関係している可能性が高いことが分かります。
プロジェクトタイプ別では、効率向上はブロックチェーンアプリケーションのカテゴリごとに均等には見られません。機能構造が標準化され、ビジネスロジックが明確なプロジェクトほど開発プロセスの圧縮が顕著ですが、長期的なセキュリティや堅牢性を重視するプロジェクトは慎重な開発リズムを示す傾向があります。これは、高効率開発実践が文脈依存的かつシナリオ選択的であることを示しています。
総じて、本章の結果は、Vibe Coding関連の開発実践がブロックチェーンプロジェクトの開発効率を、開発サイクルの短縮や単位労働あたりのアウトプット増加という形で大幅に向上させることを示しています。ただし、開発効率の向上がシステム品質全体の向上を必ずしも意味しないこと、セキュリティやリスク構造への影響は今後の検証課題であることが明らかとなりました。これが次章の主な焦点となります。
開発効率に関する実証結果を踏まえ、本節ではVibe Coding関連の開発実践がブロックチェーンプロジェクトにおいてより高いセキュリティリスクをもたらすかを検証します。具体的には、セキュリティインシデント発生、脆弱性数、経済損失規模をリスク指標とし、開発ペースやコード構造代理変数との関係を分析します。
まず、セキュリティインシデント発生確率の観点から、実証結果では開発サイクルが著しく短いプロジェクトほどセキュリティイベントを経験しやすいことが示されました。長期サイクルのプロジェクトと比較して、高効率グループはデプロイ直後の攻撃発生率が高く、ブロックチェーンの高度な敵対的環境下では、迅速なデプロイが攻撃を遅延させるのではなく、脆弱性発見・悪用までのウィンドウを短縮させる傾向が読み取れます。
次に、コード品質レベルでは、コード構造特性と脆弱性数が有意に関連しています。コード類似度や重複コード比率が高いコントラクトほど脆弱性数も多い傾向が見られ、テンプレート化・均質化されたコード構造は開発効率を高める一方、システム的欠陥の伝播範囲を拡大させ、単一のロジック欠陥が複数コントラクトで同時に存在するリスクを高めます。
さらに、経済的帰結の観点では、開発効率指標とセキュリティインシデントによる損失規模の間にも正の相関が見られます。すべての高効率プロジェクトが攻撃を受けるわけではありませんが、一旦インシデントが発生すると、損失はより集中し規模も大きくなる傾向があります。この「低頻度・高損失」型のリスク分布は、効率志向の開発実践がブロックチェーン環境で特にコスト感度が高いことを示します。
総合すると、開発効率の向上とセキュリティリスクは独立しておらず、明確な構造的トレードオフ関係にあることが示唆されます。Vibe Coding関連の実践は開発時間や人件費を大幅に削減できる一方、コード理解や検証の厳格さを弱めることで、不可逆かつ資産価値と直結したブロックチェーンシステムにおけるセキュリティリスクの露出を増幅させます。これらの実証結果は、本稿の中核的主張——効率の特効薬は同時にセキュリティの毒にもなりうる——を裏付けるものです。
本稿は新たな開発パラダイムとしてのVibe Codingに注目し、複数の実証データを用いてブロックチェーンアプリケーション開発における効率向上とセキュリティリスクを体系的に分析しました。その結果、Vibe Codingはブロックチェーン文脈で顕著な二面性を示すことが分かりました。一方で開発サイクルを大幅に圧縮し、単位アウトプットあたりの労働投入を削減することで効率面でのプラス効果を発揮しますが、同時にこの効率向上は無償ではなく、より高いセキュリティリスクと有意に関連します。
実証的には、開発サイクルが著しく短縮されたプロジェクトほど、デプロイ初期段階でセキュリティインシデントを経験しやすく、コード構造が高度に類似・テンプレート化されたコントラクトは脆弱性も多い傾向が示されました。Vibe Codingがもたらす自動コード生成と迅速な反復は、開発者によるシステムロジックや境界条件の包括的理解を弱める一方、システム的欠陥の伝播範囲を拡大します。不可逆かつ資産価値と直結したブロックチェーン環境では、こうしたリスクはさらに増幅されます。
さらに、高効率プロジェクトが必ずしも攻撃頻度の増加を伴うわけではありませんが、一度攻撃が発生すると損失規模は大きく、典型的なロングテール分布を示します。これは、Vibe Codingのリスクが主としてインシデント頻度ではなく、リスク露出の加速と潜在損失規模の拡大に現れることを示唆します。すなわち、「低頻度・高損失」型のリスク構造が効率向上を特にリスクセンシティブなものにしています。
総合的に、本稿はVibe Codingを単なる技術進歩や工学的後退とみなすのではなく、リスク分布構造を再構成する開発パラダイムとして捉えるべきと主張します。ブロックチェーン文脈では、開発効率とシステムセキュリティは明確な構造的トレードオフ関係にあり、Vibe Codingはブロックチェーン開発の高い障壁を緩和する「効率の特効薬」であると同時に、無制約であればシステムセキュリティを脅かす「潜在的な毒」となりえます。
これらの知見に基づき、実務的・ガバナンス的な示唆をいくつか提示します。第一に、高リスクなブロックチェーンシステムでは、Vibe Codingはプロトタイピングや非コアロジック、実験的開発に適しており、高価値資産を直接制御するコアコントラクトロジックには不向きです。第二に、開発効率の向上は、開発時のコード理解の浅さを補うため、より厳格なセキュリティ監査、形式的検証、テスト体制と組み合わせる必要があります。第三に、組織・制度レベルでは、AI生成コードの責任範囲を明確化し、開発者を単なる「コード記述者」から「システムリスクの担い手」へと位置付けることで、アカウンタビリティの曖昧化を防ぐ必要があります。
最後に、本研究にはいくつかの限界があります。Vibe Codingは直接観測できないため、本研究で用いた代理変数には測定バイアスが生じる可能性があります。また、実証結果は主に統計的相関を反映しており、厳密な因果関係を示すものではありません。今後の研究では、開発者アンケートデータや実験設計、ブロックチェーン向け自動セキュリティ分析ツールなどを組み合わせることで、AI駆動型開発パラダイムのリスクメカニズムをより精緻に把握できると考えられます。
本研究は、ブロックチェーンのようなセンシティブな技術環境において、本質的な問いはVibe Codingの利用有無ではなく、効率を追求しつつ抑制とガバナンス能力を十分に維持できるかどうかであると示唆します。
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